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木之本の二
二つの川が出会うところ
二つとせー。木之本を流れる大きな二つの川が一緒になるところ。
二本の出会いは熱を生む・・・。
川合という地名は、二つの川が出会うことに由来する。県最北端にある余呉高原スキー場近辺を源とする高時川と、岐阜との県境近くにそびえる横山岳あたりを水源とする杉野川が出会うところ、そこが川合。170軒ほどの比較的おおきな集落だ。
合流するあたりは、うっとりするぐらい美しい河原景観が広がっているが、この出会いのすぐそばに、1925年(大正14年)から操業の高時川発電所がある。湖北に現存する4つの水力発電所の中でも、一番の長老だ。百万キロワットもあるような超大型の火力や原子力発電所に、すっかり主役の座を奪われてしまったような水力発電所だが、どっこいこんなところで元気に働いている。
この発電に使われる水は、発電所から2.5キロほど上流の大見に設けられた「堰堤」で取り込まれ、地下の水路(ずい道)を通って、発電所近くにある水槽までゆっくりと流れていく。
水槽から、長さ150メートル、落差24メートルの水圧鉄管の中を、猛スピードで流れ落ちる。毎秒6立方メートル(ドラム缶30本分)の水が、水車を毎分450回転させ、千キロワットほどの電気を起こすという仕組みだ。
とても分かりやすい構造なので、子供たちの学習にもピッタりのようだが、木造の発電所を含めて全施設が無人運転で、案内をしてくれる人は現場にいない。長浜市宮司町にある関西電力長浜制御所で、24時間休まずに監視されているのだ。
千キロワットというと、いまでは一般家庭の数百軒分を賄うほどのカワイイものだが、1個の電灯を各部屋へ持ち運んで使っていた大正や昭和初期には、湖北地域の主要な電源として大活躍していた。長浜市(当時は長浜町)も、ここからの供給を受けていたから、お世話になった方も多いはずだ。
昭和40年に閉山となった土倉鉱山は、採掘した銅鉱石を選別し、金居原の北から木之本駅までの13キロあまりを、空中索道によって運んでいたのだが、この電力を担っていたのも高時川発電所だった。
川合の冬は、2メートルほどの積雪も珍しくない。全国有数の豪雪地帯でもあるこのあたりでは、年間の降水量が3,000ミリを越える。こうした豊富な水量の得られるところに、発電所建設の話が持ち込まれたのだろう。
土地の古老は、「他所者には土地を売ってはならんという掟をめぐり、村を二分する論議の末に、やっとのことで決まった」と教えてくれた。
発電所の管理も昔は大変で、水槽に溜まる塵芥(ゴミ)を揚げる作業は並大抵ではなかったし、台風、洪水や豪雪に悩まされ、苦労の連続だったとのこと。このあたりについては、関西電力が発行した「高時川発電所 70周年記念誌」に詳しい。
さて、ここから300メートルほど下ったところに、高時川をまたぐ吊り橋がある。国道303号線から大見へ進むと、すぐのところだ。このあたりで高時川は大きく曲がっているせいか、川底がやたらと深くえぐれている。
岩場からいきなり深さが数マエートルもあって、飛び込むにはもってこい。少年たちは、高さ5,6メートルの吊り橋からダイブする。なかでも、中1の地元っ子はやたら元気がいい。小学4年生から飛び込んでいるそうだが、吊り橋を支えるワイヤーの上までよじ登り、そこからスーパージャンプを繰り返していた。
真下に落ちたら岩場に激突するわけで、過保護ママが見たら卒倒しそうだが、本人は「ヒネリを入れて失敗したこともあったさかい、もうヘンなことはせんのや」と、すでに名人の領域に達していた。
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